「見えないものを描く力」――片渕須直監督ワークショップ開催報告

2025年7月2日、鹿児島大学法文学部のラーニング・コモンズ1にて、片渕須直監督ワークショップが開催されました。太田ゼミ・秋吉ゼミ・井原ゼミの学生を中心に、計36名が参加しました。

『この世界の片隅に』や『マイマイ新子と千年の魔法』など、深い歴史的リサーチに基づくアニメーション作品で知られる片渕須直監督。今回のワークショップでは、作品制作の裏側や創作への思いについて、学生たちの質問に丁寧に答えてくださいました。

アニメーションは、見せたいものを描くのではなく、「見えないものは見えない」と割り切ることで、かえって空気感や本質的なリアリティを伝えられる――。そんな監督の言葉には、アニメーションという表現形式への深い信頼が感じられました。特に、『この世界の片隅に』を観た戦争体験者から「本当にあの頃の空気感を思い出した」と言われたエピソードは、アニメーションがもつ力を静かに物語っていました。

監督が重視するのは、「なぜそうだったのか?」という問いを起点とした徹底的な調査です。清少納言が仕えた中宮定子の「女房」の人数や身分、戦時中の警察官の夏服が白から黒に変わった理由にまで遡って調べる姿勢には、参加者からも驚きの声が上がっていました。どんなに細かな事実も、その背景にある人々の暮らしや思いを浮かび上がらせる手がかりになる――そうした積み重ねが、片渕監督の作品世界を支えているのだと実感できました。

また、観る人の自由な解釈に寄り添う姿勢も印象的でした。「映画は、観た人の心のなかで完成する」という監督の言葉からは、物語がそれぞれの心のなかで育っていくことを大切にしておられることが伝わってきました。

約2時間にわたるワークショップは、監督の真摯で温かな語り口と、ひとつひとつの質問への丁寧な応答によって、終始穏やかで学びに満ちた時間となりました。アニメーション表現の奥深さと、歴史を描くことの重みについて、多くの気づきが得られる貴重な機会となりました。

学生たちからは「監督の話を聞いて、もう一度作品を見返したくなった」、「作品づくりへの熱量や丁寧な思いが伝わってきて、裏話も含めて貴重な時間だった」、「観客それぞれの解釈に委ねるという姿勢が心に残った」といった感想が寄せられました。

片渕監督、株式会社コントレールの森一貴様、鹿児島県立短期大学の木戸裕子先生をはじめ、本ワークショップの開催にご尽力いただいた皆さまに、心より御礼申し上げます。

片渕監督が現在制作中の最新作「つるばみ色のなぎ子たち」についてはこちらをご覧ください。


※本ワークショップは、日本学術振興会(JSPS)科研費25K04095(研究代表者:太田一郎客員教授)および24K03468(研究代表者:太田純貴)の助成を受けています。